「無宗教です」と答える日本人の危うさ。義務教育に宗教の授業は必要だ

メイソンピアソン【ポケットブリッスルピンク】

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

義務教育で「宗教」について、教えたほうがい

 以前、宗教の授業を義務教育に加えたほうがいいと書いたことがあります。

 その理由は、世界中に存在する宗教がどのようなものなのかを知ると、世界の人たちが「何を規範として考えて行動しているのか?」を知ることに繋がるからなのですね。

 例えば、海外で暮らしていると、たまに外国人に宗教を聞かれることがあります。僕はそんなとき、「仏教徒です」と答えたりします。本当は、葬式は寺でするけど、結婚式は教会で挙げるような感じで、無宗教なのですが、海外で「無宗教です」と答えると面倒くさいことになったりするからです。

 日本には特定の宗教を信仰しない無宗教の人は多いですが、海外の人からすると「宗教を信じていない=神を信じていない=道徳の規範がない」と思われてしまいます。でも、日本には「道徳」と呼ばれる、人々からなんとなく信じられている守るべき善悪が存在していて、その日本でいう道徳が、国と宗教が変わると「神様が決めたことだから守る」という考え方になったりするのです。なので、海外の人からすると無宗教の人は、「道徳的な規範を持ってない人なのかも?」と思われてしまうのですね……。

無宗教でも道徳心あり

 でも、実際の日本人の多くは「無宗教」と言いながらも道徳心は心得ているので、海外で言うところの宗教的な価値観を持っていたりします。例えば、「墓石なんてただの石だから乗ってもいい」とか、「お札なんてただの紙だから落書きしても問題ない」と言っている人がいたらヤバイと思う人は多いです。

 でも、科学的には墓石はただの石だし、お札もただの紙です。逆に日本には、名刺を受け取る際、その人自身を扱うように両手で受け取り机の上に丁寧に置くマナーがありますけど、アメリカでは名刺は連絡先が書かれた紙でしかないので、片手で投げたり裏にメモしたりを平気でやります。

 という感じで、今後国際交流が盛んになってくるにつれて、日本人が常識だと思っていることが常識ではなかったりすることが出てくると思うのですね。

◆宗教の知識も国際常識の一部

 仏教国であってもタイでは子供の頭を撫でてはいけないとか、ラマダンの月のイスラム教徒の人は怒りっぽいから気をつけろとか、宗教の知識も国際常識の一部だったりするわけです。

「日本から出なければ関係ない」と言う人もいそうですが、コロナ禍前から海外観光客向けの店は増え、ドラッグストア外国人の店員が増えています。しかも日本の人口は毎年50万人以上減っていて、今後も減少は続くので海外にモノを売っていかないと先進国の生活は維持できません。なので、日本にいても外国人と接点を持つ人は増え続けていくと思うのです。

◆宗教の考え方を知っておくことも重要

 日本で生活するとあまり意識しませんが、人類の31%はキリスト教徒で、24%はイスラム教徒と言われています。

 なので、世界史の授業で宗教の歴史を知ることは、「いろいろな国の人たちが、何を規範として考えているのか?」とか、現代の国家の関係の背後にある宗教的な背景を知ることになるわけです。また、同じように現代の宗教の考え方を知っておくことも重要です。

 道徳の授業でも現代社会の授業でもいいんですが、現代の宗教の考え方を知ることは、世の中の教義と実情を交えて知る機会になると思うのです。

ひろゆき
西村博之(にしむらひろゆき)’76年、神奈川県生まれ。フランス在住、たまに日本。2ちゃんねるニコニコの元管理人で、英語圏最大の掲示板サイト『4chan』現管理人。SPA!誌面にて11年間にわたり「ネット炎上観察記」を連載。近著に『自分は自分、バカはバカ』(SBクリエイティブ)など

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―
※写真はイメージです

(出典 news.nicovideo.jp)

<このニュースへのネットの反応>

法律逃れしてる奴が利いた風な口をきくな

無宗教だから道徳心が無いは今流行りの差別ってやつのなんじゃね?

日本人の無宗教ってのは、自分はカルトに関わってませんよってポーズだと思うのよね。無宗教だって言ってる人も、お葬式でお経唱えることに抵抗はないだろうし。

日本は八百万の神の国です。無宗教というより色んな神がいて当たり前で一つに拘ることがないだけでは?

相手の信じてる宗教と別の宗教言うの怖い

社会や歴史の授業で宗教の基礎知識を今は教えてないのか

個々の宗教について詳しく知る必要はないが、海外と日本の宗教に関する認識の違いくらいは知っておいて損は無いだろうし、この記事見て、へーなるほど、と実際無宗教な自分でも思うところがあった。ただ、教えるならば俗にいう「カルト」と呼ばれるものとの違いや、また宗教にはそれと紙一重になりうる部分があるという危険性の一面も、注意喚起としてきっちり教える必要がある。

それってあなたの感想ですよね。なんだろう、ウソつくのやめてもらっていいですか

「宗教」と「信仰」を区別できないク~ズ。 無宗教とは「一神教に入信してない」という意味であって、信仰心とは別だよw

宗教→寺 信仰→神社  ←区別できますか?(①寺はお墓。神社は祈る場所。丑の刻参りは後者。 ②靖国は神社だからお墓ではない)

全部乗せで

「海外の人からすると「宗教を信じていない=神を信じていない=道徳の規範がない」と思われてしまいます」 ←←← ■逆だ。「自分の信仰してる神以外は全て潰す」という事だ。だから「異教徒」って言葉があるのだ。そんな事も知らんのか

そもそもキリスト教徒やイスラム教徒の言う意味での「神を信じている」という信仰のし方をする日本人はほとんどいないから間違っちゃいない処世術とはいえ、異教徒は例外なく不道徳で無規範だと考える野蛮な輩に迎合する必要があるというのも難儀だねえ

日本人の無宗教とは、「色んな神が居ればいいじゃん」という意味だ。外国の信仰心は、「尊敬するのは自分の神だけ。それ以外の宗教も神も潰す」←これが異教徒や布教って奴。 オーマーゴッドとはそういう意味。

まあ、特定の宗教を広める目的に使われずに、大雑把に仏教・キリスト教式・イスラム教なんかのそれぞれの概念を客観的に教えればいいんじゃないかな?

それはそうだけど、実施するためには国の方針を定めて適切に指導できる教師を育成して、と十年計画で進める必要があるわな。いま現役の教師にゃ絶対無理だ

「布教」とは、「無宗教の人を信仰に目覚めさせる」って意味じゃなく、「別の宗教の人を改宗させる」って意味だ。 国による侵略の事だ

ああそうそう。日本人が宗教アレルギーなのは、在日チョーセン人によるカルト宗教が、色んな犯罪をやりまくったからだ → *、オウム、統一教会、そして、SEALDsの幹部は8割が国際基督教大学(ウリスト教)

日本のキリスト教界隈は、在日チョーセン人に乗っ取られている。SEALDsの幹部の8割が国際基督教大学の出身だ。この大学は在日繋がりで、慰安婦団体活動家にも及んでいる。 ↓このウリスト教の国際基督教大学のデータを張ってやる ↓

■【太田啓子】 神奈川県弁護士会。国際基督教大学出身(SEALDs幹部の大半もここ)。「 日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶財団」の支援組織の幹事。太田啓子のニコニコ大百科記事 →

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