同番組によると、いじめ対策のために児童同士があだ名で呼びあうことを禁止にする学校が増えているそうです。
『しょこたん』の愛称で親しまれている、タレントの中川翔子さんが同番組に出演し、あだ名禁止ルールについて言及して反響を呼んでいます。
スポンサードリンク
中川翔子「『しょこたん』ってあだ名に私は感謝しています」
『あだ名禁止ルール』とは、呼び捨てや名前以外の呼び方ではなく名前に「さん」などをつけて呼ぶことです。
2013年施行の『いじめ防止対策推進法』などにより、今まで以上にいじめ防止対策の義務が学校側に課されたことで、近年取り入れているところが多いといいます。
同番組で、中川さんは中学生の時にあだ名で傷ついた経験を明かしました。
当時、胃が弱くストレスから嘔吐してしまうことがあり、それがきっかけでつけられた『あだ名』がとてもひどいものだったといいます。
学校だと、同じ空間にいなきゃいけないし、逃げられない。
最終的に中学校の後半は行かなくなりました。
(ひどいあだ名は)心に刺さる攻撃でした。
グッとラック! ーより引用
『あだ名禁止ルール』についてどのように思うかを問われると、中川さんはこう答えます。
私は反対、ちょっと極端かなと思います。
『しょこたん』ってあだ名に感謝していて。このあだ名のおかげで、たくさんの人に知ってもらって今の子供たちも呼んでくれて。
だからあだ名が悪い、とかそういうことではないと思います。
(問題は)攻撃する人物がいるという状況だと思う。
グッとラック! ーより引用
中川さんは『あだ名』が人を傷つけることも喜ばせることもできるものだとした上で、「いじめの原因はあだ名だけではなく、攻撃してくる相手がいることそのもの」だといいます。
・相手が傷つかないあだ名なら全て大丈夫、というのも違う気がするし…。難しい問題ですね。
・子供の学校では、それぞれの『呼び方』を先生とクラス全員で話し合って決めていますよ。
・大切なのはあだ名で呼ばないことではなく、相手が嫌な思いをするか想像することだと思いました。
・『さん』付けで呼ぶのはいいと思います。『くん』や『ちゃん』などの性を分けてしまう呼び方でないのがいい。
普段何気なく使っている『あだ名』によって相手がどんな気持ちになるか、改めて考えてみたいものですね。
[文・構成/grape編集部]
- 出典
- グッとラック!

<このニュースへのネットの反応>
子供の為ではなく、大人が子供を御しやすくする為に作ったルールとしか思えません。教育現場の負担の軽減の為に一律禁止にする必要まであるのでしょうか。その子たちが大きくなれば我々の世代があだ名を使ってるのを見て『古い人だから仕方ないけどハラスメントだよね』と捉えられる未来が来るんでしょうね。思想を操作された子供を作っているようで素直に気持ち悪いです。
最近はあだ名みたいな名前の子も多いときいてます
あだ名・・・ え? なんで? これ考えてるのが昔の人じゃ元もこうもないと思う
まず、あだ名と蔑称は切り分けろ。親しみを込めた崩し呼びのあだ名と、悪い意味を重ねた呼び方の蔑称は全然違う。それから、呼び名の良い悪いは言われる本人が決める物で他人が決める事ではない。>ニコ動上でも、水瀬いのりを「いのすけ」と呼称していた時期があったが、出演作中のコメで「本人が嫌がってた」とファンが根気強く呼びかけて徐々に無くなっていったのを見たことがある。
発案した人どんな人なんだろう
結局仲良くなれば、学校外ではあだ名や呼び捨てになるだろ?なんか学校でだけ「さん付け」とか、名前を記号扱いしてるみたいで気持ち悪い。刑務所の囚人番号みたい。
>『さん』付けで呼ぶのはいいと思います。『くん』や『ちゃん』などの性を分けてしまう呼び方でないのがいい。 この意見クッソキモイわ。どう頑張っても男は男、女は女だろうが。ジェンダーフリー思想はLGBに通じるから等しく滅びろ
あだ名といじめ全く関係無くて草。問題はいじめなのに解決出来ないからって他に責任転嫁すんなよ。そういう見て見ぬフリと同レベルの行為を良い大人がやってるって事がいじめを助長する原因だろ。
付け焼き刃みたいな対策やめーや。もう根本として学校その物の存在が問われてるんだよ。
教師側が個別に指導面倒だなそうだ全員ルールで縛れば楽だなって考えにしか見えない
番号で呼び合えばいいんじゃないですか
さん付けを強制してもネオサイタマになるだけで何も変わらないと思うよ
子供を傷付けないように払う細心の配慮って奴をもっと大人にも向けてやれ、ここまで極端にやれとは言わんけどさ。
子供ばかりに押し付けるのやめろや いじめが起こる原因のほとんどは親の教育やぞ
あだ名禁止かそれなら「通名」も禁止だな
個人の安易な一面的考えで直結的に禁止にしようと言い出す事と、安易な悪名を付けていじめる事と、行動的に何がどう違うんだ?取り敢えず俺は、他人からの強要も禁止もお断りしたいんだがね。気軽に呼び合えなくさせてやるとか、まるで虐めじゃ無いかね?虐める方法なんて、仇名で無くとも「汚ねぇ、バイ菌付くぞ」で容易く可能。仇名の禁止が有効な手段?安易で多分違うよ。
因みに根本原因は、小集団を作った事により気が大きくなる集団心理と、その集団から見て攻撃し易い個人に対する弱者への差別。仇名はそれを表現する一手段でしか無く、バイ菌バイ菌と囃し立てても、それは仇名じゃなく相手の汚れてる箇所だのと誤魔化しで続いて行くだけ。或いは隠れてやるだけで、安易に禁止令を出しても身近なだけに禁止にも仕切れん。禁止で隠れられたら余計に見えん。
幾ら教師や自治生徒が頑張っても、そのルールが一か月で無効になる事を体験者はよく覚えている。つまりこれは健忘症の輩の戯言だ。
小学生の頃はホントにあだ名でしか呼ばれたことなかったな。初めて会話するクラスメイトもみんな最初からあだ名で呼んでくれた。そのおかげもあって打ち解けるの相当早かったと思う。
ちな生物学的には、多過ぎない一定の集団が続くと動物でも虐めが発生するらしい。逆に例えば大学の様に一学年500人くらいが其々の講義を受ける環境になると、虐めは極端に減るなどから何となく実感出来ないだろうか?個人個人で行く塾なども短期ならそうでは?一定集団の中で自集団が優位的立ち位置と理解出来た後に目標を見つける、これをシャッフルして壊せれば虐めも減るとは思う。
コメントを残す